コラム

高萩洋次郎選手が決断した「越境」という選択

2013年07月24日

7月20日に開幕した東アジアカップでは本田圭佑選手と同じトップ下で起用された、いわき市出身の高萩洋次郎選手。初の日本代表入りに地元は喜びに沸き、代表での彼の活躍に多くの県民が期待を寄せている。所属チームのサンフレッチェ広島でも若きセカンドストライカーとして絶大なる存在感を示している高萩選手だが、実は15歳にして福島県いわき市立植田中学校から広島ユースに進むことを決断した「越境入学組」の一人である。故郷から1,000km先にある見知らぬ街へ中学3年生の彼を駆り立てたものはいったい何だったのだろうか?

文●寺下友徳 写真●Kazhito Yamada / Kaz Photography

※『ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.10秋号』P30-33より転載

 


 

本当にやっていけるのか悩んだ時期もあった

2001年春、植田中学時代からU-15日本代表候補に選ばれるなど東北を代表するMFとしてその名を知られていた高萩少年。そんな彼にも「中学3年の選択」が否応なしに迫っていた。

――まず、福島県から「越境」をしようというきっかけは?

僕は中学時代にJヴィレッジのサッカースクール(福島県双葉郡楢葉町)に通っていて、そのときのコーチだった高田豊治さん(元・サンフレッチェ広島事業本部副本部長兼運営部長)に進路について相談して、広島ユースを薦められたのがきっかけですね。

――広島ユースから誘いを受けるまでは進路はどうしようと考えていたのですか?

福島県内の高校から何校か誘いを受けていたので、その中から選ぼうとは思っていました。ただ、サッカーのレベルが地元の高校と広島ユースとでは歴然とした差があったことで、僕の中に選択肢が増えました。

例えば広島ユースなら「全国に出てどこまで行けるか」というのに対して、地元の高校では「福島県内でどこまで行けるか」という感じでしたし、自分をレベルアップさせたい思いもあったので、広島ユースに進むことを考え始めました。

ただ、遠いところに行くということでそこはすごく迷って、友達もいない心配もあったし、「(広島ユースに進むのを)止めようかな」という時期もありましたし……。中学3年生になって進路を考え始めて、最終的に進路を決めたのは広島ユースの練習に参加した後の秋頃でした。

――となると、進路を決める過程で相談した人も多かったと思いますが?

最初は中学校のサッカー部監督の大平先生に相談しました。先生は僕が中学校のサッカー部に所属しながらJヴィレッジのサッカースクール(注:植田からJヴィレッジのある楢葉町までは片道約50km。スクールに通う日は部活を休まなくてはいけなかった)に通うことなど、自分のレベルアップになることならすべて許してくれた方なので、広島ユースから話が来たときも応援してくれました。

でも、広島ユースに進む場合には中学3年の3学期から転校しなくてはならない(注:広島ユースは全寮制での活動を基本とするため、広島県立吉田高校へ進学する必要がある。その受験のための準備として、中学三年生の3学期から地元の広島県安芸高田市立吉田中学校に転校する必要がある)ので、友達にも相談できなかったですし……。相談できたのは大平先生と両親と高田さんくらいでしたね。

――では、御両親はどんなことを言ってくれたのですか?

僕が、本当に広島に行ってうまくやれるのか……、ということで悩んで、「地元の高校で上を目指さないでやろうかと思っている」と言ったときにも、「そんなことを言うのなら広島ユースに行け」と言われました。子どもが本当にやりたいと思うのなら、それを親が応援してあげることが大事であることを、僕は自分の両親から感じました。

 

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