生と死を強く考えさせられた石川直宏選手の「2011」

2014年03月11日

インタビュー

◆スタジアムの天使

 石川は、昔から子どもが好きだった。

 試合前の入場時には、手をつなぐ子どもに、必ず話しかけることにしている。
 みんな緊張していて、中には目も合わせられない子どももいるらしい。
「ジャンケンしてきたの?」
 と聞くと、小さくうなずく。
 控室では、おそらく大騒ぎで、どの選手と手をつなぐかを決めていたはずだ。
 希望が重なり、ジャンケンで負けて、泣き出す子が出ることもある。
 それを、毎回猛獣使いのように上手にまとめるスタッフがいる。
 たいしたものである。
 
 選手は、自分や親族の子どもと入場することが許されている。
 赤ちゃんならば抱っこして、歩ける子どもは手をつないでピッチに出ていく。
 その姿は誇らしく、どこか威厳に満ちている。年々、子どもの数は増えていく。
 右手に一人、左手に一人、手が足りないチームメイトも出てきた。
 石川は、その風景に憧れがあった。

 子どもと入場するには、スターティングメンバーに入らなければならない。
 発表は当日なので、子どもの方も準備万端にしていないとならない。
 スタメンに入ることがわかると、スタッフが入場の待機場所まで子どもたちを連れてくる。
 赤ちゃんの場合はというと、直前まで母親が抱っこしていて、入場寸前に父親に預けられる。
 その時、今生の別れとばかりに大泣きをする赤ん坊もいる。

 石川は、一度親戚の子どもで失敗したことがあった。
 抱き上げた瞬間、火が付いたように泣き出したのだ。
 残念ながら、その赤ちゃんと一緒にピッチに立つことは叶わなかった。

 カノンは生後5カ月で、味スタデビューを果たしている。
 その日、石川は先発でなかったため、一緒に入場はできなかったのだが、娘はメインスタンドの家族席で、はじめてのサッカー観戦を味わった。

 あらかじめ用意したユニフォームには、「KANON」の文字と、背番号「18」が輝いていた。
 娘は、応援の音に怖がるでもなく、最後までお利口さんにしていたようだ。
 その日、父は久しぶりのゴールを挙げた。
 もちろん、そのゴールは娘に捧げられた。

 石川家の入場デビュー戦は、対浦和レッズという大試合になった。
 妻の胸から娘を抱き上げると、父は戦いの舞台へと歩み出た。
 客席は超満員で、青と赤のたすきが一段と眩しかった。
 アウェイの真っ赤な壁からは、ホーム応援席を煽るように、太鼓と怒号のようなコールが響き渡っていた。
 サッカー的には、これ以上のものが望めないほどの雰囲気である。
 問題は、腕の中にいる愛おしい娘の方だ。
 怖がって泣き出すのではなかろうか?
 なんとか、あと少しだけ泣かずにいてくれれば……。

「それが、きょとんとしてるんですよ。ぜんぜん怖がらなくて。
 浦和で大丈夫なら、どのチームでも行けるなと思いました(笑)」
 テレビカメラには、娘を抱きかかえ、満面の笑みの石川の姿が抜かれている。
 カノンは浦和の選手からも頭を撫でてもらった。
 父はついに、憧れの舞台で大役を果たしたのだった。

【次ページ】◆娘の未来

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