「自分は一番下手だった」。大島僚太が日本屈指のMFにまで成長できた理由

2018年06月08日

コラム
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シンプルな練習をよく考えながら取り組んでいた
 
 静岡学園中に加入してからの当時の大島選手について、井田氏がこう証言する。

「大人しくて、真面目に黙々とサッカーをやるタイプ。ただ、当時の彼に携わった指導者たちが口を揃えるのは、とりわけ目立った特徴がなかった、ということです。まさか彼がプロになるなんて、とみんなが驚きました」

 ただ、井田氏が「今思えば」と、こう振り返る。

「ボールを捉える技術はうまかったと思います。今の彼はミドルシュートが一つの武器ですが、当時はパワーがないのでボールが届かないものの、正確にボールを捉えるキックはありました。そしてプレーが非常に落ち着いていました。相手に寄せられても慌ててプレーすることはほとんどなかったと思います。それだけ落ち着きがあるなら、とボランチに起用したのが中学時代でした。それに彼は当時からよく走れました。静岡学園は伝統的に将来90分の試合を走り切れるようにと長い距離を走るトレーニングがあるのですが、彼は一番手ではないにせよ、二番手、三番手を常に維持していました」
 
 静岡学園では伝統的にドリブルやリフティングの練習を毎日必ず時間をかけて行い、そして1対1、ミニゲーム、シュート練習、というシンプルな練習を繰り返して行う。

「ドリブルやリフティングの練習に1時間ほどかけるときもあります。そのなかでコーチ陣から『試合をイメージしてやろう』と声掛けはするのですが、 あとになって同級生が話していたのは 『大島はプロになれなかった自分たちよりも、シンプルな練習をよく考えながら取り組んでいたのでは?』と。

 確かに、プロになってから大島に直接聞く機会がありましたが、『静岡学園のシンプルなメニューを本気で真剣に取り組めば、正確な技術は身につけることができるんです』と確信をもって話してくれたことがあります」

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