松本山雅FCの激闘に触れる #2
2012年07月13日
サッカーエンタメ最前線故・松田直樹さんがいた2011シーズンの松本山雅FCを追ったドキュメンタリーが1冊の本となる。7月19日の発売に先駆け、ジュニサカでは『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』(宇都宮徹壱著)のプロローグを3週にわたってお届けしている。今回は、その2回目。当時、大きなニュースとなった「松田直樹獲得」までのエピソードを紹介したい。
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松田直樹獲得の真相
元日本代表であり、ワールドカップ出場経験があり、J1の横浜F・マリノスで16シーズンもの長きにわたりプレーし続けた松田直樹が、松本山雅に入団することが発表されたのは、去年の1月9日のことである。当時、アジアカップの取材中だった私は、カタールの首都ドーハで、この突拍子もないニュースに接して大いに慌てた。
取り急ぎ、事実関係を知りたい。私はすぐさま、山雅の公式サイトへのアクセスを試みた。だがアクセスが集中しているのか、重くてなかなか開かない。
前述した通り、私は山雅というクラブを、彼らが北信越リーグ1部に所属していた頃から定期的にウォッチしていた。その山雅が、元日本代表にしてワールドカップ出場経験もあり、F・マリノスの象徴とも言える松田直樹を獲得する。
その驚きと戸惑いが、やがて不安へと変化していくのに、さほどの時間を要さなかった。
確かに松田は、攻守の要として、戦力面で素晴らしい補強となる可能性を秘めている。対人能力の高さと、時おり見せる積極的な攻撃参加も魅力的だ。33歳という年齢がいささか気になるところだが、全盛期のスピードと持久力は期待できなくとも、長年のキャリアの中で培ってきた鋭い読みと卓越した戦術理解力は、大きな戦力アップにつながるはずだ。いやむしろ、JFLというカテゴリーを考えれば、規格外の補強と見て間違いないだろう。
しかし同時に、松田は「劇薬」でもあった。
その激しやすい性格は、代表でもクラブでもたびたび周囲との摩擦を呼び起こした。特に代表では、フィリップ・トルシエやジーコといった歴代監督に対して激しい応酬を繰り返し、そのたびにメディアに格好の題材を与えた。
それでもトルシエ時代は、ディフェンスの要衝としての存在価値を認められ、02年のワールドカップでは4試合にスタメン出場している。しかしジーコ時代には、起用方法を巡って指揮官と鋭く対立し、自らチームを離脱。その後、一度は代表復帰を果たすものの、06年のワールドカップ・ドイツ大会では、最終メンバー23名のリストに名を連ねることはなかった。
もちろん、あれから年齢を重ねることで、かつてのような猛々しさは多少なりとも沈静化している可能性は十分に考えられた。それでも松田が突出して鋭角的な個性の持ち主であり、なおかつJFLでは比類なき輝かしいキャリアの持ち主であることに変わりはない。
年齢的にも、キャリア的にも、そして技術的にも、松田がチーム内で別格の存在となるのは必定。そんな彼が、若くて純朴なJFLのチームに、すんなり溶け込めるのだろうか。
また、過去にJクラブでの指導経験がない山雅の吉澤英生監督が、この「劇薬」をきちんとコントロールできるかについても未知数であった。さらに言えば、J1に比べてはるかにレベルが落ちるプレー環境やレフェリングは、松田本人にとってもカルチャーショックの連続となるだろう。
ゆえに今回の移籍は、山雅と松田、両者にとって少なからぬリスクを伴う賭けであった。
F・マリノスが松田直樹に戦力外通告をしたのは、10年11月27日のことであった。そして12月4日、日産スタジアムでの大宮アルディージャとの最終節に出場した松田は、サポーターへの別れの挨拶で、あの有名な「オレ、マジでサッカー好きなんすよ!」を絶叫している。
激しいまでのサッカー愛と、F・マリノスへの帰属意識を吐露するその姿を見て、すぐさま他のクラブが獲得の意思を伝えるのは、非常に憚られる状況であった。ましてやJFLの山雅であれば、なおさらであろう。ところが、山雅フロントの動きは素早かった。
株式会社松本山雅の代表取締役社長である大月弘士に、最初に松田獲得を具申したのはGM(ゼネラルマネージャー)の加藤善之であった。
「松田直樹という、元日本代表の素晴らしい資質を持ったDFがいます。獲得してみてはどうでしょうか」
大月の答えは、明快だった。
「正直ダメモトでも、われわれはチャレンジャー。挑戦してみましょう」
ここから、山雅の松田に対する熱烈なラブコールがスタートする。そしてシーズン終了から2週間以上が過ぎた12月20日、山雅と松田のファーストコンタクトが実現。場所は、新横浜プリンスホテルであった。山雅側は社長の大月とGMの加藤。松田側は本人のほかに、辣腕代理人として知られる田邊伸明(株式会社ジェブエンターテイメント)が同席した。
山雅にとって、唯一にして最大のアピールポイントは「とにかくサポーターが熱い」ことである。大月は、サポーターが自ら作ったプロモーション映像を見せながら、こう力説した。
「JFLは、松田さんにとって想像もつかないような下のリーグかもしれない。けれども、その想い、サポーターの熱さ、そしてクラブがこれからJ2に上がろうとしているエネルギーは、J1のクラブには決して負けない」
対する松田のリアクションは、どうだったのか。大月はこのように回想している。
「最初は戸惑いの表情でした。ただ、ファンが多いことは聞いていたらしく、浦和レッズに(09年の天皇杯で)勝ったということも知っていたようです。その上で『オファーしてくれたことはすごく嬉しい。自分にとっては初めてのオファーでしたから』と言ってくれました。
とはいえ、JFLに行くことについては、正直、不安な様子でした。その後もお話させていただきましたが、ずっと彼も悩んでいたんですね。ウチの提示した金額もあったんですけど、それ以上に、自分の心の整理に時間がかかったと思うんです」
結局、返事はその年の大晦日まで保留となった。しかし一方で、大月はかすかな可能性も感じていた。「一度、そちらの様子が見たい」と、松田自身から要望があったからである。
暮れも押し迫った12月29日、松田は特急あずさに乗って松本に向かう。松本駅の改札では、大月、加藤、そして代表取締役副社長の八木誠の三巨頭が勢ぞろいして出迎え、クラブとしての熱意と誠意を示した。
最初に向かったのは、クラブの練習施設。だが、松田の反応は芳しいものではなかった。
「いろんなことを聞いてきましたね。『こういうところでやるんですか?』とか『用具係はいますか?』とか。その頃、練習場(松本市営サッカー場)は、人工芝に張り替える工事中だったんです。『ハイ、わかりました。もういいです』という感じで、その時は正直ダメかなと。何しろウチは、あまりにも(J1と比べて)環境が違いすぎると感じていたので」
そんな松田のつれない態度が、急激に好転するきっかけとなったのが、アルウィンであった。
※『松本山雅劇場』より一部抜粋(文・写真●宇都宮徹壱)
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