プレミア王者リヴァプールの哲学とは。「ロングパス+ハイプレス」の裏の顔
2020年07月16日
読んで学ぶ/観て学ぶ今シーズンのプレミアリーグを優勝した、ユルゲン・クロップ監督が率いるリヴァプールの戦術の柱となっているのはロングパスとハイプレスだ。相手に思考する時間を与えず、攻守に秩序を作らせない。 意図するのは秩序の破壊とカオスの導入であり、そうなった時に有利な人材を揃えて訓練している。ある意味、攻守はシームレスだ。ロングパスとハイプレスの循環がリヴァプールのリズムで、そうなった時に対抗できるチームは世界にほぼない。今回は、『フットボールクラブ哲学図鑑』より一部抜粋して紹介する。
『フットボールクラブ哲学図鑑』より一部転載
文●西部謙司 イラスト●大野文彰
秩序の破壊とカオスの導入
クロップ監督が率いるリヴァプールの戦術の柱となっているのは、ロングパスとハイプレスだ。 なるべく早く相手ゴールに迫る手段としてロングパスを使う。FWのモハメド・サラー、ロベルト・ フィルミーノ、サディオ・マネの3人はいずれも俊足で、1対1に強く、3人が素早く連係してシュートへ持っていくコンビネーションもある。現在、世界最高クラスの3トップだ。
この3トップの個人技を生かすには、なるべくスペースがあるうちにボールを渡してしまうのが上策といえる。相手に引かれてスペースがなくなってからでは、いかに3人が優れていても崩すのは簡単ではなくなる。FWの能力を生かすという意味でも、ロングパスを使った縦への早い攻撃は理にかなっているわけだ。
ロングパスはショートパスより精度が落ちるので、パスをカットされて相手のボールになってしまうことも多々あるわけだが、リヴァプールはそれを気にしていない。織り込み済みなのだ。まず敵陣へボールを入れ、カットされてもセカンドボールを拾う、あるいはすぐさまプレッシャーをかけて奪い返す。いったん奪ったボールをすぐに奪い返されると、相手は守備の準備ができていない。攻撃の時のポジショニングは相手から離れる、また外されるので、その時に守備に切り替わるとポジションは崩れている。攻撃と守備ではいるべき場所が逆なので、ボールを奪った直後に奪い返されるのはダメージが大きいのだ。ロングパスは直接的な攻撃だけでなく、ボールを失ったあとのハイプレスの伏線として機能している。
ロングパスの質も高い。ファン・ダイク、トレント・アレクサンダー=アーノルド、ロバートソン、GKアリソン・ベッケルはロングキックの飛距離があり、精度も高く、彼らからのロングボールは走っているFWの鼻先に届けられている。並走しながら相手がヘディングで跳ね返しても大きくは返せないし、3トップの圧力があるので味方へ正確に渡すのも容易ではない。渡せたとしても、すぐにリヴァプールのMFが襲いかかってくる。
リヴァプールのMFはボールを奪う能力に長け、セカンドボールを回収するのがうまい。ジョーダン・ヘンダーソン、ワイナルドゥム、オックスレイド=チェンバレン、ファビーニョ、ナビ・ケイタ、アダム・ララーナといった面々はいずれも運動量が豊富で球際に強い。技術もあるが、ボールを保持するために集められたのではなく、ボールを狩るための人材だ。
ロングパスとハイプレスの循環がリヴァプールのリズムである。
相手に思考する時間を与えず、攻守に秩序を作らせない。リヴァプールが意図するのは、秩序の破壊とカオスの導入であり、そうなった時に有利な人材を揃えて訓練している。ある意味、攻守はシームレスだ。ロングパスを打ち込んだ瞬間から守備が始まっていて、ハイプレスはより有効な攻撃のための作業になっている。リヴァプールはこのリズムに慣れているが、相手はそうではないところに大きなアドバンテージがある。
例えば、SBのロバートソンやA=アーノルドは、まだ味方がボールを奪い切る前に、前方へ動き出していることさえある。まだどちらのボールになるかわからないのに前へ走り出してしまうのはリスクがある。もし、相手ボールになったら自分のポジションに穴が開いていることになってしまう。 しかし、味方がボールを奪えば早く動き出している分、大きなチャンスになるわけだ。では、リスクについてどう考えているのかというと、奪えなかったら戻ればいいだけ。全力で上がって全力で戻る。至極単純だが、攻守をシームレスで考える癖がついていないとなかなかできないことだ。
ロングパスとハイプレスの循環がリヴァプールのリズムで、そうなった時に対抗できるチームは世界にほぼないといっていい。
だが、そうならないことも当然ある。リヴァプールといえども90分間、同じ強度でプレーを続けるのは不可能で、そうすべきでもない。ロングパス+ハイプレスはリヴァプールらしいリズムではあるけれども、そうでない時の「裏の顔」もちゃんと準備している。
2019シーズンのリヴァプールはポゼッション型のパスワークを採り入れるようになったといわれている。対戦相手に引かれた時の対処法の一つだ。引かれてスペースがなくなればロングパスは有効ではないので、ショートパスを繋いでの攻撃になるのは当然だが、リヴァプールはマンチェスター・シティやバルセロナを目指しているわけではない。
相手に引かれた時のリヴァプールは、相手の守備ブロックの手前でパスを回している。だが、そのまま守備ブロックの中へ攻め込んでいくことはそれほどなく、むしろ注意深くU字型にパスを回し続ける。パスワークで崩すのが主な目的ではないのだ。相手を釣り出すためにパスを繋いでいる。実際、相手が前に出てきても、その隙間を突こうとするよりもバックパスで逃げることが多い。時にはGKまで下げてしまう。そして、このビルドダウンに対して相手がDFラインを上げてきたら、すかさずロングパスを蹴っていつもの循環へ持っていく。つまり、リヴァプールがポゼッション型のスタイルに変化したわけではなく、相手を釣り出してスペースを空けるためにやっている方便としてのポゼッションなのだ。
プレスされると、どんどんボールを下げて、GKまで下げてしまうのは、「蹴る」ことが目的だから。 繋ぐのではなく蹴るのが目的なので、ロングパスを蹴る余裕がある場所まで下げてしまう。
パスワークとビルドアップに関しても、リヴァプールは決して低いレベルではない。ただ、ポゼッション型のバルセロナ、シティ、レアル・マドリー、バイエルン・ミュンヘンなどに比べると技術も戦術も十分ではない。ビルドアップで相手のハイプレスを外し切るだけの選手の技術は足りないし、 そのための仕組みも持っていない。もともとそういうつもりがないチームなのだ。
ただ、縦へ蹴れない時の逃げ道は持っている。SBからSBへの大きなサイドチェンジがそれだ。
A=アーノルドとロバートソンには強烈なキック力があり、逆のSBまで飛ばしてしまう。ハイプレスはボール周辺に人を集中させて奪う守備戦術なので、ボールと反対サイドのSBはまずマークがついていない。そこへ一発で届けられてしまうと、もう後退しながら守備陣形を整えるしかない。左のロバートソンから右端のA=アーノルドへパスが通れば、それだけでA=アーノルドはフリーのまま20〜30メートルもドリブルで運ぶことができる。SB同士のスケールの大きなサイドチェンジはリヴァプールらしいハイプレス回避の方法だ。
PHILOSPHY
【ロングパス】
なるべく早く相手ゴールに迫るのが十八番
【ハイプレス】
ロングパスとの循環がリヴァプール独特のリズム
続きは『フットボールクラブ哲学図鑑』からご覧ください。
【商品名】『フットボールクラブ哲学図鑑』
【発行】株式会社カンゼン
2020年7月13日発売
本書では歴史の古いヨーロッパのフットボールクラブを「常勝」「“ザ哲学”」「港町」「ライバル」「成金」「小さな街の大きな」「名将」の7つのカテゴリーに分け、 それぞれのフィロソフィーがどうなっているのか見てみようと試みた。
例えばマンチェスター・ユナイテッドは「ミュンヘンの悲劇」によって、 「何があっても前進する」精神性を身に付けている。
レアル・マドリーはアルフレッド・ディ・ステファノの補強が大成功し、 「計画できないところは選手が補ってくれる」ことを現在も具現化している。
バルセロナはまさに哲学と呼ぶに相応しいものを持っているが、 負ける時は負けるべしくて負け、ユナイテッド、レアルのように奇跡を起こすことがあまりない……。
それぞれのクラブにはやはりDNA(遺伝子)があり、“香り”がある。
ヨーロッパの厳選20クラブの哲学を知れば、現在のフットボールシーンをより楽しむことができるはずだ。
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