「目指すサッカー」がない指導者が明確な言葉を子どもに伝えられると思いますか?【10月・11月特集】

2018年10月29日

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試合におけるミスの8割が「認知-判断」

倉本「私の感覚ですが、スペイン人は普段の生活は個人主義です。でも、サッカーになると集団主義になれるんです。それはサッカーだと『チームの負け=自分の負け』になってしまうから。人としては嫌いだけど、彼らはサッカーになるとチームとしてプレーし合えるんです。

 でも、日本人は普段の生活は協調性を持っているのに、サッカーになるとフィギアスケートを見ているみたいに『自分を見て!』と個人主義に走る選手が多くなります。ドリブルがいいとか、パスがいいとか、サッカーってそういうスポーツではありません。

 だから、サッカーってどんなスポーツかを定義するところから始めないといけないと思うのです。サッカーってどんなスポーツですか?」

木之下「11対11で、ボール1個を奪い合いながらゴールに対して状況に応じてプレーし、勝利を目指すこと」

中澤「1つのボールと2つのゴールがあって、11人でより多くのゴールを奪った方が勝ち」

高橋「ほとんど言われちゃいましたが、1つのボールと2つのゴールがあって11人以下の選手で勝敗を争うスポーツ」

倉本「ありがとうございます。定義自体に正解はありません。でも、一人ひとりの中でそれを言葉にするから、どうやりたいかという方向性や具体性が見えてきて決まっていきます。でも、オランダだったら『正解はこれ』というのが決まっています。木之下さんがおっしゃったのは、ほぼオランダのサッカーの定義に近いです。ゴールが2個あって、長方形のコートで、11対11で、ルールの範囲内でより多く点を取った方が勝つスポーツ。

 私の定義は、戦いです。なぜなら2チームがあって、ボールが一個しかないから。何の戦いかと言うと、ゴールルートを作るために主導権を奪い合う戦いです。それはボールを持っている側にしかゴールルートを作る権利がないからです。ゴールルートの作り方は無限にあります。ロングキックも、カウンターも、スルーパスも、ドリブルも、すべてゴールルートを作るための手段です。ということは、ボールを持っていない方はゴールルートを遮断しなければいけないスポーツです。

 トレーニングの構成はパストレーニング、ポゼッション、ゲームなのです。昨シーズンまで所属していた大宮アルディージャも、大枠はそういうトレーニング内容でした。なぜならパスはルートをつなぐ練習、ポゼッションは主導権を奪い合う練習、ゲームはそれを実践する本番だと捉えられるからです。もちろん対人練習やシュート練習はありますが、幹となるのはこの3つです。

 そのように考えているのでドリブルとか、パスとか、その他のものは全部手段にしか過ぎません。だから、例えば日本代表のことをメディアを含めて論争がいろいろとされていますが、何を議論しているのかがあまりわかりません。私からすると、手段の話ばかりしているし、それを変えても何も解決されないというのが率直な意見です。どういうルートを作りたいかはその場にいる指導者と選手が決めて表現するわけで、外野がとやかく言うことではありません。日本全体として、サッカーに対する考え方が最初のスタートから間違っているので、ずっと同じことの繰り返しなんです。

 なぜ間違っているのか?

 サッカーはボールを持っていない選手の影響が大きいスポーツですが、大部分の人たちがそれを理解していないからだと思います。目に見えるのは、ボールを持っている選手とその近辺だけ。正直、指導者ですら目線がそこにしか向いていないし、ボールに関して何が起こったのかということばかりを見ている。確かに、その部分はわかりやすいし、ボールに関わるプレーはうまくいったか、うまくなったかどうかが判別しやすいんです。

 だから、日本ではボールに関わるプレーばかりがトレーニングされているのだと思います。選手も指導者も保護者もみんな満足感が簡単に味わえるから。だけど、それはサッカーのすべてではないということが理解できないと、日本はこれ以上前に進みません。

 私の活動は指導者にそういうことを伝えて、『どう考えるのですか?』を問い続けることです。サッカーのプレーは『知覚-判断-実行』という流れがありますが、どういう割合でミスがあるか知っていますか?サッカーのミスの割合を質問する時、『知覚-判断』と『実行』の間に線を引くんですが、この二つの違いを簡単に説明してもらえますか?」

木之下「プレーとその準備」

倉本「もっと簡単に」

木之下「体と脳」

倉本「じゃあ、目に見える部分は?」

木之下「実行」

倉本「そうです。『知覚-判断』は目に見えません。だから、経験値が浅いコーチは実行の部分しか見えないし、サッカーを知らないコーチは『知覚-判断』を見られないんです。では、ミスの割合は?」

木之下「8対2くらい」

中澤「同じです」

高橋「全部、言われちゃうな(笑)では、7対3」

倉本「あくまでも統計上の話ですが、目に見えない部分と見える部分のミスの割合は『8対2』と言われています。一度、指導者のみなさんに聞いてみてください。どんなトレーニングの割合になっているか? 

 例えば、国語のテストと同じです。文章問題が8割、読み書きの問題が2割のテスト内容なのに、日本人の子どもたちは読み書きばかりを行っているわけです。読み書きの割合が最大で20点のテストを一生懸命に勉強していますが、文章問題の割合が多いわけです。その部分で満点をとっても、全体の点数はどうなりますか? 

 スペイン人は読み書きが3点だけど、文章問題は30点取れるような人間ばかりです。どちらの方が選手として優秀だと評価されると思いますか? だから読み書きが要らないと言っているわけではなく、日本ではサッカーのトレーニングの構造そのものがそうなってしまっているんです。そうなると、スペインに勝てるわけがありません。技術はどんどんよくなるから20点満点は取れなくとも限りなく19.99999…といった具合に近づくことができます。でも、その先の100点満点には届かないわけです」

木之下「20点以上は取れないわけですからね」

高橋「実際、受験でも学校のテストでもそうです」

倉本「それなのに目に見えない部分をどうしてアプローチしないかと言うと、それを教えられる指導者が少ないし、教え方を知らないからです。スペイン人はそこまで足下の技術が高いわけではないのに、なぜサッカーがうまいのかと言うと目に見えない部分の能力が高いからです。ミスの大半は技術的なミスではなく、『認知-実行』のミスなんです。ポジショニングがおかしかった。ボールを受ける前に見てなかった。日本ではそうでなく、コントロールをミスったからだとミスの原因を目に見える部分にしているから、どうしても練習内容が技術をさらに向上させようという構造になるんです」

木之下「目に見えたものに原因を追求してしまうからですよね」

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