育成年代で「普遍的な戦術」を教えなければ、新しい環境に順応できなくなる

2019年03月08日

戦術/スキル

スペインサッカーに精通し、「指導者の指導者」として活動している倉本和昌氏と坪井健太郎氏。12月の特集「サッカー選手に必要な『インテリジェンス』とは」で対談をしていただいた両氏には、前回に引き続き、坪井氏が主宰するオンラインコミュニティ「サッカーの新しい研究所」で募集した質問に答えていただいた。今回は、「オフ・ザ・ボール」や「トランジション」をテーマにした質問から、日本とスペインの認識の違いについて話が及んだ。
 

構成・写真●ジュニサカ編集部、写真●佐藤博之


【前回】指導力をアップデートしていくには「議論」が必要。将棋の「感想戦」のように。


20170827JWC0976のコピー

何のために首を振るのか

Q.日本の選手とスペインの選手はオフ・ザ・ボール時の作業量に差があると思うのですが、どうですか?

倉本 インプットというか、キャッチする情報量は圧倒的に違うと思います。いつどこで何を見るか。ここに動いたらどこまでくるのかなとか、全体の中で相手を見ているので、(スペインの選手が)受け取る情報量は本当に多いですね。
 
木之下 特集で話した「インテリジェンス」の部分と関わってきます。あと言葉の解釈の仕方ですけど、作業量とは「動く」作業のことなのか「考える」作業なのか、言葉の受け取り方ひとつで大きく変わる問題でもあります。日本の多くの指導者は、動きの量=作業量と解釈するかもしれない。でも、坪井さんや倉本さんたちは「動き」だけでなく「頭の中」の作業も含めていると思うのですよね。その解釈に差があると感じます。
 
高橋 オフ・ザ・ボールの作業というと「首振り」が頭に浮かびます。指導者のコーチングがいつの間にか首を振ることが目的になってしまっている。
 
坪井 何のために首を振るのか。この「何のために」を突き詰めていくと、ヨーロッパではボールを受けるために何をしなければいけないのかというのが整理されていますね。その整理が日本は足りていないから、手段が目的に変わってしまうんだと思います。
 
倉本 見る基準の話もしたほうが良いですね。僕は、自分がボールを持ってないときに、まず見なければいけないのは3つしかないと考えています。それは、味方と相手とスペース。まずゴールは固定されていますね。その次に見なければいけないのは、何だと思いますか? ボールが自分のところに転がってきているときです。このときに見なければならないところは一つだけ。それ以上はキャパオーバーになることが多いです。答えは相手。相手さえ見ていればどこから来るかは分かるので、少なくともボールを取られるリスクは減ります。それ以外はボールが来る前に見ておかなければいけません。

 次に、ボールを持ったら何を見るか。ボールを持ったときに何を探しますか? 色々ありますが、ひとつ優先的に見るべきものはアドバンテージを持っている味方選手です。より優位な状況にいる人ですね。優位な人がいないとすれば、自分が優位ということになります。見る基準、判断基準を、僕はこう考えています。ということは、ボールを取られる原因は今の3つの局面で考えるとどこで認識できていなかったかが分かりやすくなります。わかりやすくなるということは修正しやすくなる。それを「全部見ろ!」だから分からないし、子どもは見ることができる範囲が狭いし、深くも見れない。他にも見なければならないものは当然ありますが、僕はこうやって整理するのが簡単だと考えています。
 
坪井 最近うちのチームでは「見ずにパスしろ」と言っています。なぜこれが成立するのかというと決まり事に近いからです。この状況ではここにサポートが入る、この状況ならここに蹴ろう、ということの共通理解があると、さっき倉本さんが言ってくれたように最後は相手だけ見ればオッケー。自分たちの決められた機能性の中で、相手がどう出てくるかによって自分の判断を変えていくということです。決まりごとがないと、すべてを見なければいけなくなってしまう。それはむずかしいですね。この状況のときはこう、と分かっていれば見なくても分かる。確認だけでいいんです。認知というよりも、本当にちらっと見て決まりごと通りに入っているのかを確認する。それでプレーを決める。それだけで済む。
 
高橋 イニエスタ(ヴィッセル神戸)なんかは予測だけで目をつぶっていても同じようにプレーできそうですよね(笑)。
 
坪井 イニエスタってちょっとプレーが変わったと思うんだけど、どう? 日本に来てから。全試合見ているわけではないからわからないけど、むずかしいプレーを“あえて”選択するようになったと思う。多分バルサにいる時はシンプルに味方に預けておきながら、自分が動いてというイメージ。でもヴィッセルだと、自分がやらなきゃいけない。自分で状況を崩さなきゃいけないことが多いから、ちょっとむずかしいプレーを選択しているな、と。
 
倉本 それは自分のシンクロ度に合うように周りが動いてくれないからってことだよね?
 
坪井 うん。それはでかいと思う。俺がやるしかない。自分でやるしかない。それを変えられるのは本当にすごい。何もなかったかのようにさらっと変えてしまう。適応力の塊なんだよね。
 
倉本 イニエスタの頭の中を日本は研究して分析してもらいたい(笑)。
 
 サッカーにおいて順応性ってすごく大事で「サッカーが上手くなる」ことは順応することなんですけど、新しい環境でもプレーできる、引き出しが増えるということで上手くなる。そこはまたインテリジェンスにもつながるんだと思います。

DSC_0204
【左から倉本和昌氏、坪井健太郎氏、特集を担当したライターの木之下潤氏】

どこに行っても通用する普遍的な戦術

高橋 前回の部活動の話にも少し関係があると思うのですが、日本の教育システムの場合、6-3-3(小学校—中学校—高校)と分かれているじゃないですか。よくあるのが中学の3年間と高校の3年間で全く違うサッカーをするチームになったときに、「中学の時はあれだけいい選手だったのにダメになっちゃったな……」みたいなことってすごく多いと思うんですけど、順応性みたいなものはどうすれば身につくものなのでしょうか?
 
坪井 まずは、低年齢でどこに行っても通用する普遍的な戦術っていうのをきちんと教えなきゃいけない。
 
倉本 それは技術っていう解釈になっているのでは。どこででも使える技術を身につける。だからその基礎を叩き込む。戦術っていう解釈じゃないんだよねきっと。
 
坪井 今、チーム戦術も一般的な戦術とプレーモデルに近い特質性の高いものをきちんと分けて整理しなくてはいけないと思っていて。
 
 要はプレーモデルというものをざっくりどういうものなのか説明すると、とあるチームAでは機能するけど、違うチームBに対しては、同じプレーモデルは機能しない。だけど、普遍的な戦術というのは、どのチームでも機能するもの。この普遍的な戦術というものを育成年代できちんと教えないと、チームAで通用するものだけを持って、次のチームに行ったときに活きないんです。
 
 今危惧しているのは、日本ではプレーモデルなど特質性の高い話がトレンドになっていて、それを鵜呑みにして小学校3、4年生に対して同じプレーモデルだけやっていたら、その指導を受けていた選手は将来困ることになる。
 
 スペインがまさにそう。今僕のチームの高校生年代の選手たちが、小学生年代の頃にプレーモデル、特質性の話がすごく流行ったんですよ。で、その子たちが10年間指導を受けてきたのは、そのプレーモデルの話ばかりなんですよ。
 
 今一緒に戦っている選手たちは、プレーの幅というか深さ、引き出しが少ないなと感じます。この状況ではここにサポート、でも状況によってはプレーを変えるよね。と、いうような状況に合ったプレーの選択です。今、カタルーニャのサッカー理論だと攻撃は『深さ』と『幅』と『マークを外す動き』。守備では『マーキング』と『カバーリング』と『ペルムータ(入替・交換)』。これはどこに行っても使える個人戦術なんですよ。この基礎的な部分をきちんと習得したうえでプレーモデルに入っていくのと、これをやらずに個人のタスクだけを追求してずっとやっていくのでは、将来プレーの幅が大きく変わってきてしまうんですよね。そこは今の日本のサッカーに対して危惧していることです。そういったことをアカデミックに学んでほしいという気持ちでオンラインコミュニティを作りました。そういう場の提供をもっとやっていかなきゃいけない。

「ボール周辺の雲行きを探る」

Q.スペインと日本での、攻撃から守備への局面、トランジションの局面での、インテンシティの強度とか、ボールへのプレスのかけ方は何が違うか。

坪井 インテンシティの部分でいったら、まず球際の部分は違うよね。
 
倉本 全然違う。多分それは、サッカーって何なんですかっていうのになってくる。サッカーって戦いなんですよ。なぜなら2チームあってボール1個しかないから。だからそもそも、戦わなきゃいけないのは、前提として当たり前で、その中に戦術があって賢さがあってというふうにスペインではなっている。日本はそこが抜けている気がする。
 
坪井 喰いにいく感じはあるよね。ガッとね。
 
倉本 それは国民性もあるかもよ。止まれって言わないと止まらないもんね。スペイン人は。日本人は行けって言わないと行かない。
 
坪井 それは両国を知っている指導者としては使い分けって大事だよね。スペインの感覚で何も言わずにガッといってくれると思っていたら、日本では違う。逆も然り。
 
 もちろんチーム単位での違いもあって、前へのプレッシングも日本人はまず、前から行かせて剥がされることを覚えた方がいいと思う。特に低年代では。待つことが日本はスタートだから。あえて行かせて、プレスを剥がされる。剥がされるっていう感覚は待つことをやり続けても覚えられないんですよ。このプロセスはすごく大事。これは私自身が失敗した経験から学びました。日本の高校生を指導したときに中盤でブロックを作って「だいたいセンターサークルあたりまで入ってきたら、(プレスに)行こうね」という話をしていたのですが、僕は伝えるのに『待つ』という言葉を選択したのもまずかったんですけど、相手のプレーがグレーゾーンのときに『待つ』という言葉が頭の中に残ってしまっていて、相手がドリブルしてきたときに、自チームの2トップが相手を簡単に前進させてしまったのを見たときに、日本人はまず(プレスに)行かせることを覚えさせなきゃ行けないなと思った。
 
木之下 『行かせる』という言葉もむずかしいですよね。僕は「ボールに近い人が守備を決めるから、まず行け」と子どもたちにも指導者にも伝えています。そうすると行くんです。あまり細かいことは決めなくとも前の選手が行けば、後ろの選手は「この人が行ったら、周りの人はこれぐらい行かなきゃあいつだけだと間に合わない」と自然と身につくようにしていく。だから、言い方は気をつける必要はあると思うんです。「まず行け」だとアバウトすぎて絶対守備のスタートにならない。「まずはボールに近い人が第一号としてまず行け」みたいな具体的な指示じゃないとトランジションを覚えないと思います。
 
倉本 小学生であれば、僕は「捕まえろ」って言ってましたね。鬼ごっこでは、絶対捕まえようとするでしょう? 「そこにたまたまボールがあるだけだから相手を捕まえに行け」と言ったら、小学校4年生以下の子どもだったらだいたい今までよりも近い距離感でボールを取りに行く。プレッシャーの距離は絶対変わります。
 
坪井 切り替えの時、ボールを失った瞬間に足が止まっちゃうというのは、日本人選手によくあると思うんだけど、それは何で起きちゃうんだろうね。
 
倉本 それは前提というか、グレーなところがないんだと思う。「あ、取られそうかも」という認識がないのかも。
 
 サンフレッチェ広島やヴィッセルでかつて監督をやっていたスチュワート・バクスターは「雲行きを探れ」と言っていました。ボール周辺の雲行きを探りなさいって。雨が降りそうなのか曇りなのか。「あ、もしかしたら取られそうかも。あ、取られた→切り替え」ってなるけど、そういうことをあまり気にしていなくて「あ、取られた。まさか…!あー。→切り替え」という感じになっていると思う。
 
 逆をいえば「あ、取りそう」も同じ。「取りそう」でゴーするのと「取った」でゴーするのとではカウンターのスピードは変わります。その雲行き探るのが苦手なんだと思う。ようするに予測と判断ですね。
 
坪井 スペイン人もそう考えると、止まるのかなってちょっと思った。ようはボールを取られて「おーい!」のような。それはスペインの場合、指導者は「見てないで続けろ」と言うわけじゃん。

DSC_0187のコピー

DSC_0250
【2008年にスペインへ渡った坪井氏は、CEエウロパユース(スペインユース1部)で第二監督を務める傍ら、日本の指導者育成に取り組んでいる】

原則的にやってはいけないプレー

倉本 そういう意味で日本人選手は「こういう取られ方したらやばい」みたいな認識が低いのかもしれない。
 
 よくあるのは、サイドハーフの人にボールをつける場面。サイドハーフの選手が相手DFを背負っているのに、ボールをつけたサイドバックがそのままオーバーラップする。
 
 サイドハーフの選手としては「いや、パスコースないじゃん」って。でも行った後に、あーってなってしまう。そもそも相手を背負っている場合は、簡単につけない方がいいだろうし、さらに上がったらダメでしょう。やってはいけないプレーをやってしまうことが多い。日本の指導者は原則的にやってはいけないプレーに対しては何も言わない傾向がありますね。
 
 むしろオンのときのコーチングになっていますね。「お前簡単に取られんなよ!」と。そもそもボールを出しちゃダメだし、ゴーしたらダメなんだよ。やってはいけないプレーがはっきり指導されていないんだと思う。これをやったらヤバいと。やるべきプレーは選べないけど、やってはいけないプレーはある。やってはいけないプレーの基準がはっきりしてないのかなと思います。
 
木之下 ここはミスをしてはいけない場所だとかタイミングだとか、それを言わない指導者は多いような気がします。
 
坪井 なぜ言わない(もしくは言えない)のかというとこが大事ですよね。やってはいけないプレーを分かっていないということなのか。それとも分かっていても、言わないのか。
 
木之下 分かっていないというのが一番で、分かっていたとしても、それは「選手が気づけ」と放任しているのかもしれません。でも、それは言わなきゃいけないことなので、僕はコーチの方たちに、あの場面は絶対ミスしてはいけないところだから、と伝えるようにしています。
 
坪井 当たり前の概念が日本とスペインは違うのかもしれないね。
 
倉本 それが歴史の違いや「積み重ねてきたものの違い」という話になってしまう。でも本当はそんなもの学べばいいだけのことなんです。この世の中情報がオープンになっているんだから。隠してあるわけではないので、知った上で指導する方とより上達が早いと思います。
 
木之下 よくどうやって指導したら良いのかわからない、どういう声かけをしていいのかがわからない、とおっしゃる方がいるんですけど、これだけ海外サッカーの試合を見られる環境になってきたのだから、グアルディオラ(マンチェスター・シティ)やシメオネ(アトレティコ・マドリー)だとかトップレベルの監督たちが声を荒げているタイミングとかを見れば、内容はわからなくても、仕草を見るだけで学べることは多いと思うんです。そういう目線でもサッカーを見るともっとおもしろくなるんですけどね。
 
坪井 サッカーを見ることって大事ですね。日本だと時差や距離の関係もあるけど、見られるものは見た方がいいね。

DSC_0269
【倉本氏は2009年にスペイン上級ライセンスを日本人最年少で取得。現在はスペインと日本での経験を活かし「指導者の指導者」として優秀なコーチを育成するサポートをしている】


<プロフィール>
倉本 和昌(くらもと かずよし)

高校卒業後、プロサッカーコーチになるためにバルセロナに単身留学。5年間、幅広い育成年代のカテゴリーを指導した後、スペイン北部のビルバオへ移住。アスレティック・ビルバオの育成方法を研究しながら町クラブを指導し、2009年にスペイン上級ライセンスを日本人最年少で取得。帰国後、大宮アルディージャと湘南ベルマーレのアカデミーコーチを計8年間務めた。現在はスペインと日本での経験を活かし「指導者の指導者」として優秀なコーチを育成するサポートをしている。
 
坪井 健太郎(つぼい けんたろう) CEエウロパユース(スペインユース1部)第二監督

1982年、静岡県生まれ。静岡学園卒業後、指導者の道へ進む。安芸FCや清水エスパルスの普及部で指導経験を積み、2008年にスペインへ渡る。バルセロナのCEエウロパやUEコルネジャで育成年代のカテゴリーでコーチを務め、2012年には『PreSoccerTeam』を創設し、マネージャーとしてグローバルなサッカー指導者の育成を目的にバルセロナへのサッカー指導者留学プログラムを展開。2018年10月には指導力アップのためのオンラインコミュニティ「サッカーの新しい研究所」を開設した。著書には『サッカー 新しい攻撃の教科書』『サッカー 新しい守備の教科書』(小社刊)がある。

木之下潤(きのした じゅん) 文筆家/編集者

「出版屋」として書籍、雑誌、WEB媒体の企画から執筆まで制作全般を行う。「年代別トレーニングの教科書」「グアルディオラ総論」など多数のサッカー書籍の制作にたずさわっている。2018年から地域のサッカークラブやスクールのコンサルを行い、10年先も町に根付いた存在であるためにクラブ・指導哲学や年代別のトレーニングを指導者たちと共に言語化している。


カテゴリ別新着記事

お知らせ



school_01 都道府県別サッカースクール一覧
体験入学でスクールを選ぼう!

おすすめ記事


Twitter Facebook

チームリンク