「口にいれるすべてがいいものを」は難しい。“食育”よりも大切なもの
2020年01月21日
メンタル/教育1月の食育連載は「食育って何?」をテーマに連載担当三人が対談企画を行っています。日本人の気質なのか、自分が考える「食育」を正しく実践しようとすると、ストイックな方法に流れ、しばしば子どもにとっての「食の楽しみ」が置き去りにされてしまうこともあるようです。連載第三弾は、無理をせずに家庭で続けられる食育について、管理栄養士と連載担当ライターと編集の三人が話し合いました。
【参加者】
川上えり/管理栄養士
北川和子/ライター
(息子2人はサッカー少年)
木之下潤/編集者
(食育連載企画考案者)
イラスト●まえかな 写真●ジュニサカ編集部
食事が整うことでパフォーマンスも上がる
木之下 お母さんが「私はこれを料理してる」「料理のこれを知ってる」という感じで食育って誤認されがちです。そうやって大人が満足するんじゃなく、子ども自身が気づいたら「食べること以外で満足してた」が必要なんじゃないかと思うんです。
誤解を生むかもしれませんが、確かにお菓子は体によくないけれど、「友だちと一緒にお菓子を食べることで、会話が生まれる」ならば、それも一つの食育のあり方なんじゃないかなというのが、僕の意見です。
あまり体に良くないものを食べたとしても、人間は一定期間経てば「現在」の体の細胞が入れ替わってしまうくらいの心持ちでいれば、少しくらいお菓子を食べても大丈夫と思えるかもしれない。たまにいますよ、「友だちと一緒に食べたい物が食べられなかった」という人。それってどうなんだろう?
川上 「口にいれるすべてがいいものを」と思っても難しいですよね。何ごとも適度が大事だなって思います。そこまで根を詰めて食事に向き合わなくても、ある程度どんな料理でも体はきちんと機能してくれます。気軽に心配はいりません。そう考えていい。
北川 アスリートの食生活を間近でご覧になって、食事面で自立できていて、自分の頭で考えて食べられているアスリートはどんな経験を積んでそうなれたのでしょうか?
川上 管理栄養士として食に関する情報を提供して実践するかしないかは本人次第なのですが、選手が「変わってきたな」と感じるキッカケになるのが、遠征です。自宅だと、家族や奥さんが作ってくれることが多いですから。遠征に行くと、最も顕著に選手自身の食事観が変わりますね。
北川 遠征中には、自分で考えてやらなければいけない環境になるということですか?
川上 そうです。あとは食事だけではなくて、トレーニングにも言えると思うんですけど、意識の問題でもあると思っています。トータルとして見ると、食事が整ってくる選手は、パフォーマンスが上がるからトレーニングの質もいいんですよ。そして、休日の過ごし方の意識まで変わっていきます。
北川 食事からトレーニングまでトータルで考えるようになるのかもしれませんね。
川上 シンプルに「ものすごく自分の体と向き合う」ようになります。ある選手はメンタルトレーニングなんかも取り入れ始めました。
木之下 体と向き合うことを、もう少し広い意味で言うと「自分と向き合える」人ですよね。結果的にそういうアスリートが食事面、体の面、メンタル面と関連して意識を持ちやすいのかもしれません。
川上 「自分と向き合う選手」といえば、例えばスペインリーグのマジョルカに在籍している18歳の久保建英選手が思い浮かびます。
木之下 久保くんに関わっている人から聞いたことがあるのですが、彼は「今の自分に何が必要なのか」を、自分の中だけにとどめるのではなく「他人に聞きに行くことを小さい頃からできていた」そうです。言葉を専門に扱う人間から見ても、久保くんはインタビューを受けているとき、質問の意図をきちんと解釈して、それに対する答えを頭の中で構成しながら言語化しています。
おそらく、小さい頃からたくさんの質問をしてきて「どう伝えたら相手に理解されるか」「どんな言葉を使ったら相手が不快に思わないのか」という思考が非常に訓練されています。その領域って「人との関わり合いの中でしか養えないもの」なんですよね。
きっと食事面に関しても、似たようなことが言えると思うんですよね。
川上 自分に足りないことを質問という形で研究していたんですね。普通の人はインプットしても、アウトプットする機会は少ないですよね。
マジョルカに所属する久保建英
たまには手抜きな食事があっても良い
北川 教育現場でも、情報を与えられる受け身の時間のほうが多いと思うんですけど、「自分で情報を取りに行く」という能動性はどうやって身につけられるんだろう。これは食に限らずですけど。
木之下 食育という観点で見ると、みんなで食卓を囲んで、例えば記念日や誕生日なんかにケーキ一つ切るのも、お母さんがやるんじゃなくて子どもに任せる。たったそれだけのことでも、もしかしたらその子は切った感覚がうれしくて、パティシエになるキッカケになるかもしれない。
川上 子どもに「〇人いるから、切り分けて」と言って、どうやって切るのかって興味があります。
北川 ちゃんと考えないとできないですからね。
木之下 そういうことが、食卓の中で自然にできるといいですよね。
北川 でも、私は「こうやってケーキを切らせるのも、あなたのためなのよ」という雰囲気を出しすぎてしまいそうです…。
木之下 家族関係もありますけど、「ちょっとやりすぎたな」と思ったら、翌日は和気あいあいと食べるとか、そういうことでバランスは保たれていくと思います。
北川 子どもに投げかける言葉や態度で一度失敗したと感じても、「もうダメだ」と思わなくていいのかな。
木之下 そうですね。家族って一回で途切れるものじゃなくて、失敗しても取り返しがつくものだと考えると気が楽だし、食育もそう考えていいんじゃないですか。
川上 何回もそういうことを繰り返して、家族のコミュニケーションが成り立っていくんでしょうね。
北川 私は、よく家族と夫婦に関する記事を書いているのですが、家族って苦しいときは苦しいし、つらいものにもなりうると思います。第二弾で「食事が二極化している」と言いましたが、食事にこだわり抜く家庭がある反面、食育に到達することさえできない家庭も少なくないと感じています。
木之下 共働きが当たり前の社会なので、家族そろってごはんを食べるのは朝だけ、夜だけ、週何回とか、それくらいでいいんですよね。無理し合って家族が成り立つものではないと思うので。
川上 そうですね。きっと「できるときに、できることをする」スタンスでいいんですよね。いつもきっちりしてたら疲れちゃいます。
北川 最近、主婦向け雑誌の巻頭特集の中で、子どもがサッカーをしているモデルの女性が「毎朝4時半に起床して、6時に家族全員食卓を囲んでごはんを食べるのが日課」だと綴っていて…食卓の写真も完ぺきなんですよ。それを見てマネしようと思う人がいるかもしれませんが、私を含め、とてもマネできないと後ずさりする人もいます。
木之下 ひょっとしたら週に2回くらいお母さんが手抜きをして、その代わり「お父さんがインスタントみそ汁を作る」くらいの柔軟性があっても今の時代はいいかと。
川上 それでいいと思います。
北川 そのほうが「家族が笑顔でいられる」場合もあるのかもしれない。
木之下 もちろん栄養価としてはあまり褒められたものではないかもしれないけど、でも「家族が長く続いていくものだ」「何かあっても取り返せるものだ」とするならば、そういう考え方があってもいいのかな、なんて思います。子どもは4年生くらいになればある程度は自分で食事だって用意をすることができるわけですし。毎回、ちゃんとした食事を用意されていることよりも、お母さんがたまに手抜きをすることで「子どもが関わることができる」のなら、もしかしたらそれが食育の一環になるのかもしれないですしね。
「ちゃんとしたものを毎回提供しなければならない」という風になっちゃうと、お互いに“お努め”のようになってしまうんじゃないかな。
>>1月の食育連載第四弾は「1月28日(火)」に配信予定
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